| 2007-01-24 |
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株式会社ミヤジマ 代表取締役社長 宮嶋誠一郎さん【上】特許技術で祖父が会社を設立 |
そのころのバルブ弁棒はすべて真鍮製で、材料費が非常に高くつくのが難点だった。つまり高価な真鍮を大量に削り出して1本1本弁棒を作っていたのである。ある時、祖父は彦根のバルブメーカーから「捨てる部分が多くてもったいない。なんとかならないか」と相談を受け、試行錯誤の末「宮嶋式弁棒鍛造装置」という独特の鍛造技術を開発した。これは標準金型をいくつも用意し、それらを組み合わせることであらゆる形状の鍛造を可能としたもので、大幅なコストダウンにつながった。1954(昭和29)年に特許を取得し、さらにその技術によって大阪の真鍮棒メーカーとの取り引きが開始、業績は一気に上向いた。 1956(昭和31)年に(株)宮嶋弁棒鍛造所を設立し、1958(昭和33)年には彦根市小泉町に新しく工場を建てるまでに成長した。しかしその8年後、創業の無理がたたったのか、祖父は58歳の若さで亡くなってしまった。 当時まだ私は3歳だったため、祖父についての記憶は少ないが、とにかく酒と仕事が大好きな豪快な人物だったそうだ。 1966(昭和41)年、祖父の急死により幼いころから工場の手伝いをしていた父が跡を継ぎ、1968(昭和43)年には創業地の彦根市東栄町から小泉町に本社を移転した。「宮嶋式弁棒鍛造装置」の成功と高度成長期が重なったことで会社は順調に成長を遂げ、1972(昭和47)年には将来を見越し、現在の本社がある多賀町に工場進出した。 私はといえば、1962(昭和37)年に宮嶋の跡継ぎとして生まれた。父は大変厳しかったものの、その父のおかげで裕福な少年時代を過ごすことができた。今から思うとずいぶん生意気な子どもだったと思う。 株式会社ミヤジマ 代表取締役社長 宮嶋 誠一郎さん 1962(昭和37)年生まれ。神戸大学卒業。 1989(平成元)年入社。2002(平成14)年社長に就任。 独自の生産管理体制と「宮嶋式弁棒鍛造装置」を使った鍛造技術により、ニッチ商品に特化した販路を拡大。「シャフト鍛造日本一」を目指す。 宮嶋 誠一郎さん【上】 http://www.gaido.jp/challenge/detail.php?ID=54 宮嶋 誠一郎さん【中】 http://www.gaido.jp/challenge/detail.php?ID=55 宮嶋 誠一郎さん【下】 http://www.gaido.jp/challenge/detail.php?ID=56 |