心のページ
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このページは市民から人格者と認められ、思想的に偏らない方に事務局からボランティアをお願いし、悩みの多い青少年や市民にメッセージを送っていただくコーナーです。



坂井孝之さん
プロフィール

昭和21年東京生まれ。
2歳の時、病気で失明。3歳より横浜訓盲学院で学ぶ。
高校2年生の時フルートと出会い、新井力夫氏に師事。
1970年第20回全国盲学生音楽コンクールにて優勝。
フルートのほか、リコーダー、オカリーナ、ケーナ、篠笛(しのぶえ)などを演奏。
「笛吹きおじさん」を自称。
現在、マッサージ、はり業のかたわら、各地で演奏活動を行っている。
2004年NHK教育TV「きらっと生きる」に出演。


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今週(12月18日号)、毎日新聞の情報紙
「Oh!Me」に掲載された心のページ

2003.12.18

憧れ(あこがれ)


私と笛との出会いは子供の頃だった。

電車に乗るときに聴こえた笛の音。車掌さんが鳴らす、あの鋭いピーっと響き渡る音が忘れられなかった。その呼子の音を聴いた時、「僕は大きくなったら車掌さんになる」と固く誓ったほどである。後になって、目が見えないと車掌にはなれそうもないことがわかりガッカリしたが、あの笛は欲しかった。

施設で育ててもらっている僕にはこづかいというものが無かったので身のまわりにある体温計のケースや一升ビン、ゴムホースなどを吹き鳴らした。もちろん友だちの誰よりもいい音だったと、今でも思っている。

ある時、ラジオから今まで聞いたこともない笛の音が流れ、その美しさにひき込まれた。それはフルートという、今までさわったことの無い楽器だった。「虜(とりこ)になる」とはまさにあのときの状態だと思う。頭からフルートのことが離れず、勉強も手につかなくなった。家庭の事情や全盲であること、こづかいのこと…自分の力で変えられないことはよくわかっていた。しかしどうしてもフルートを吹いてみたかった。

よほどぼんやりしていたのだろう。とうとう先生から呼び出された。打ち明けたからといって事情が変わるわけではなかったが、話したことで肩の力が抜け、再び勉強を始めることができた。

あの時ほど強い憧れ(あこがれ)を今日まで持ったことは無い。

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