悲しみ
愛しいわが子を亡くした若い母親の話です。
彼女の名前はゴータミー。ゴータミーは悲しさのあまり亡き子を抱いたまま「誰かこの子を生き返らせて」とつぶやきながら村をさまよい歩きました。ゴータミーにはどんな慰めの言葉も耳には入りません。
その時、旅しておられたお釈迦さまが通りかかられました。お釈迦さまだと分からないゴータミーは「この子を生き返らせて」とうつろにつぶやきました。
お釈迦さまはやさしく「ゴータミーよお前の子供を生き返らせてあげよう」と言われました。その瞬間、今までうつろだった彼女の瞳が輝きました。「ただし、そのためには村を回って芥子(けし)の実をもらってきなさい。まだ一度も死人を出したことのない家からのものだよ」とつけ加えられました。
ゴータミーは急いで村の家々を回りました。しかし、芥子の実は見つかったものの死人を出したことのない家など一軒もありませんでした。ある家には、自分と同じように幼子を亡くした母親もいました。
夕闇がせまる頃、ゴータミーはお釈迦さまのところへ戻ってきました。「芥子の実は見つかったかね?」お釈迦さまの問いに、ゴータミーは「いいえ、でも、みんな悲しみに耐えながら生きているということは解りました」そう言って、我が子を埋葬し、お釈迦さまの弟子になったと言うことです。
この世の中を娑婆(しゃば)といいますが、これは古代インドの言葉でサハー、たえ忍ぶところ[堪忍土(かんにんど)]という意味だそうです。