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心のページ
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このページは市民から人格者と認められ、思想的に偏らない方に事務局からボランティアをお願いし、悩みの多い青少年や市民にメッセージを送っていただくコーナーです。
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松田 保さん 1948年滋賀県生まれ。 |
今週(10月28日号)、毎日新聞の情報紙
「Oh!Me」に掲載された心のページ
| 小野の契約事件 | |
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「夢はJリーグ」と話していた小野伸二が、「世界のプロ」と考え始めた出来事がある。1995年の欧州遠征の時だ。5月2日、ベルギーの名門・アンデルレヒトのU-17と対戦し、小野は、ドリブル突破やスポットパスを連発し、3―1で快勝する原動力となった。宿舎に戻ると、専属の通訳が私にささやいた。「アンデルレヒトのスカウトがやってきて、MFの14番、小野と契約したいと言っています」
誰にも言わずにいたのに、「小野スカウト」のニュースはすぐに広がり、夕食前にはチーム全員が知ることとなった。夕食の席にいたのは稲本、高原、曽ヶ淵、酒井、小笠原たち。もちろん「伸二にできるのなら、おれにも」と負けん気を出したことは間違いない。さらに、「あのレベルの動きをするとプロから話がくる」という、世界のサッカーレベルを実感できたことが大きかったと思う。のちに、小野はオランダ、稲本はイングランド、高原はアルゼンチン、そしてドイツへと飛び出していった。 小野が清水商に在籍していた時、大滝監督は、彼を、1日12時間練習しているという留学中のロシア人プロピアニストと引き合わせたことがあるそうだ。また別の日には、イタリアから留学中のプロピアニストを訪ね、「本物の音」に触れさせた。 サッカー選手はサッカーの練習だけで育つものではない。「いずれは世界に出て行くであろう男に、世界で飯を食っている人間を見せたかった」と、大滝監督は振り返っている。ただ、「伸二は、ぼーっと見ているだけで、どれだけ効果があったかわからないがなぁ」と笑っていたらしい。
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