2年に一度、全国から出演者を募って開かれる『びわ湖の夏・オペラ ビエンナーレ』。
初回の今年の演目は、ヨハン・シュトラウス二世のオペラ『ジプシー男爵』。2日間の舞台から25日の公演を観た。
◆ 当日は、思い出したように小雨のぱらつく空模様。ホールに入ると、ビュッフェのガラス窓のむこうに、白く波頭の立つびわ湖が見える。けだるい夏のマチネー。カジュアルな服装をした人々は、ビュッフェでビールを飲んだり、軽く食事をしてから座席に向かう。
場内の明かりが落とされると、オーケストラピットがぼんやり浮かび上がる。静まりかえった場内に序曲が響き、幕が上がると荒涼とした荒地が広がる・・・。 物語は、古い財宝の伝説が残るこの荒れ果てた地に、かつての領主の息子、バリンカイが帰ったところから始まる。長い苦難の旅から帰ったバリンカイは、この地に住むジプシーの群れと豚飼いの王との間でほんろうされながら、ジプシーの娘と恋に落ち、やがて伝説の財宝を手にして幸せの頂点に達するように思われるのだが・・・。 ◆ シュトラウスの曲は、ウィンナワルツととハンガリー風音楽の対比が特徴的。 ウィンナワルツの、カシューナッツみたいに歯ざわりのいいリズムと甘い旋律。
ハンガリーの激しいリズムと情熱的な旋律。 二つの性格がときにむつまじく、ときに因縁のように絡み合う。 当時、オーストリアはハンガリー内部では強い反対の声も上がっていたにもかかわらず、オーストリア=ハンガリー帝国としての体制を築きつつあった時代。
当時のそうした社会的な状況も、シュトラウスの音楽には無視できない。 『戦争は愚かしい、人間の結びつきが大事だ』と最後に高らかに歌い上げられるメッセージは、当時の世相を反映したものだったろう。
それにもかかわらず、数十年後にこのオーストリア=ハンガリー帝国の皇太子暗殺が火口となって、第一次大戦が世界中に広がってゆく。 ◆ 登場人物の言葉は、すべて日本語。筋が追いやすくて助かるのだけれど、言葉がところどころ聞き取りにくい。主役の声が細いのも気になる。どう舞台をあじわったらいいのかわからないうちに、第一幕は過ぎてしまう。
第二幕は、バリンカイとジプシー娘が恋の二重唱を熱唱。シュトラウスらしい甘い旋律に、ぐいっと舞台に引き込まれる。幸せな時もつかの間、戦争が始まり、すべての男たちが戦争に行くと、間髪をいれずに第三幕。
舞台はウィーンの宮殿を思わせる建物。原色のスポットライトを浴びて第二幕の男たちが凱旋すると、客席からは思わず笑い声があがる。しかしそれは、とても好意的な笑い声。
どこか「オペラらしくない」雰囲気だけど、笑いの中に楽しい時間を共有しているという共感が生まれている。 負傷したバリンカイが、車椅子にのって現れる。
最初声が細いのではないか・・・と感じたバリンカイ役だが、はまり役なことに気がつく。 戦争で活躍して負傷し、英雄として現れるなど、「出来すぎ」で鼻につきかねない役どころを、いやみなく演じていている。
フィナーレは、バリンカイとジプシー娘の出会いとともにおきた奇跡への驚きの叫びとともに、幕がおろされる。 その後、登場人物たちは再び姿を見せ、ウィンナワルツの合唱で閉じる。
幕切れの洒脱さはさすが。 ◆ カーテンコールにも拍手は鳴りやまなかった。 オーディションを受けた多くの人が集まってつくった舞台。
初めて顔をあわせる人々がまとまって一つの共感を作り上げるのは、きっと大変な作業だったろうな、と思う。 だから、この舞台を作り上げたすべての人たちに、拍手です。(三) |