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滋賀県凱旋公演直前インタビュー
湖国出身・NY在住のジャズピアニスト 山本恵理さん
高校から滋賀県で過ごし、26歳の時に単身渡米、現在はJAZZの本場NYで活動する、JAZZピアニストの山本恵理さん。5月30日には、2回目となる滋賀県での凱旋公演をしがぎんホールで開催されます。忙しいスケジュールの中、これまでのエピソードやこれからの目標などをお伺いできました。
そもそも、音楽そしてJAZZを始められたきっかけは・・
3歳からピアノを習っていましたが、中学校のときに将来は「音楽の教師」になりたいと思いました。それで調べてみると、音楽の教師の採用は非常に少なかったのですが、滋賀県は比較的空きがあることも分かりました。
で、次に考えたことは「滋賀県で音楽の教師になるにはどうすれば良いか?」その答えは「石山高校・音楽科」→「滋賀大・教育学部」という道のりでした。
しかし、私はその当時京都に住んでいて、普通に考えたら、石山高は受験すらできない。そこで、中学3年の怖い者知らずの私は、滋賀県の教育委員長に直談判に行ったんです!
今では、考えられないことですけど、何とかして、石山高に入学することができました。

教師になるという目標のため、予定通りに滋賀大教育学部に進学しました。実際に入学してみると、音楽的な意味においては、ちょっと絶望しました。音楽的な情熱はあまり膨らみませんでした。しかし、大学3年のときに出した作曲の課題を東京芸大から来られていた教授にほめられ、作曲の専攻に移りました。今思えば。作曲を学んだことは、JAZZをやる上で大きかったと思います。JAZZのソロなんて、その場で作曲しているみたいなものですし・・・

なんとか教員の採用試験にも合格し、卒業後は水口東高校で教鞭をとることに。しかし、音楽的な刺激の物足らなさもあり、4年で教師をやめ、大学院に戻り、再び作曲の勉強を始めました。
大学院に戻った年の秋、たまたま観光で訪れたNYで人生を変える大きな出会いがありました。NYの友達に連れて行ってもらったジャズフェスティバルで「トミー・フラナガン*」のステージを見て衝撃を受けました。「これだ!私の探していたのは・・」
とにかく帰国すると、大学の教授に話し「NYにいってJAZZを勉強したい」事を伝え、1ヶ月後には再びNYに立っていました。

様々なライブハウスに足を運んだ結果、色んな人達と出会いました。ある人の紹介で、ベーシストのレジー・ワークマン**と出会い、彼が学長を勤めるニュースクール大学ジャズ科に入学しました。この時から私とJAZZとの本格的な関わりがスタートしました。半年ぐらいすると、レジー氏が「いくら練習しても実践で演奏しないとだめだ。今すぐ仕事を取ってきて、トリオでライブをやりなさい」というので、ニューヨーク中を歩き回り、とあるタイ料理レストランで仕事を見つけ、大学でベースとドラムのメンバーを捜しトリオでライブをしました。これが私の始めてのライブです。

その後、9年間JAZZピアニストとして、NYで活動をされてきたわけですが、戸惑いや苦労したことなどなかったですか、特に英語など・・・
英語は、最初はまったくだめでしたね。でも1ヶ月ぐらい、色んな人たちと接するうちになんとなく話せるようになりました。ただ、NYってみんな早口で、略して話すことが多くて、最初は戸惑いました。練習中に「What's up!」って言われて、UPだからと思い天井をキョロキョロしてたら、笑われました・・・・

NYでJAZZで生活していくことというの、大変?
はっきり言って、JAZZだけでなく、音楽で生活していくことは非常に大変なことです。ヨーロッパと違い、音楽に対して国の補助なんてほとんどないし。
アメリカって言えばJAZZをイメージする日本人は多いと思いますが、CDの売上なんかでもJAZZよりもカントリー&ウェスタンの方がはるかに多い。もちろんロックやポップスも。JAZZで成功してお金持ちになった人なんてほんの一握りに過ぎない。特にNYのJAZZミュージシャンは厳しいと思いますよ。でも、暗くないんですね。明るいハングリー精神みたいなものがあるんだと思います。
私も、一人でNYで生活していて正直大変ですが、それ以上に忙しいこともあり苦にならないというか・・好きな音楽ができるという充実感があるので・・・

イブは週に何回ぐらい行っているんですか?
そうですね、平均して週に4回ぐらいでしょうか。忙しいときは、ビッチリとスケジュールが入っていることもありますが・・その合間に曲を書いたり、練習をしたり、結構ハードなんですよね。

ずっとNYでやってこられて、日本で初めてライブをされたのは・・
2001年10月に初めて日本でツアーを行いました。今回のツアーで7回目です。
滋賀県では昨年はじめてライブができました。

日本のほかの地域と比べて、滋賀での公演は特別な思い入れがある?
そうですね、昨年の公演のときも友人や以前の教え子などが聞きに来てくれて嬉しかったですね。何より琵琶湖を見るとほっとするというか・・新幹線で東京から京都に向かう途中に、母校の石山高の看板が見えるんですよ。そうすると「あー帰ってきたなー」と思うんです。

滋賀に帰ってこられたら、必ず寄る所などはありますか?
なかなか忙しくて実現できてないんですけど、石山商店街に「やっこ食堂」っていう、吉本新喜劇に出てきそうな大衆食堂があるんです。そこの「餅うどん」が好きで高校のとき毎日のように通っていました。今でもありますかねー?

どうでしょう?その近くのたこ焼き屋はまだあったと思いますけど・・
「大倉」ですよね!懐かしい・・・
時間があったら、是非行って見たいですね。メンバーも連れて。

今回のしがぎんホールでの公演は、昼間にあるんですね。偏見かもしれませんが、JAZZって言うと、「夜・酒・煙草・・・」みたいなイメージがあるんですが。
他のライブハウスは、全て夜ですが、私から日曜の昼間にやらせていただきたいと、お願いしました。地元ということもあるのですが、お子さんからご年配の方までいろんな方にJAZZを楽しんでもらいたい、という思いがあるんです。どうしてもJAZZというと、難しいイメージを持たれがちですが、決してそんなことは無く、ミュージシャンが思いのままに感情を音として伝える、そしてお客さんはそれぞれ自由な楽しみ方をする。それがJAZZの一面だと思うので、気軽に来ていただいて、思いのままに楽しんでいただければ幸いです。

最後になりますが、これからの抱負といいますか。目標みたいなものはありますか?
そうですね、常に成長し続けていたいですね。「これ!」というものを見つけるまで・・
きっと、たどり着くには非常に時間がかかるし、辿りつけないかもしれないけど、それに向かって常に進歩したいというか・・・

マイルス・デイビスも、「JAZZは常に進化だ」と言っていました。人によっては、彼の人生の後半はJAZZではないという人もいるが・・・最後は、ヒップ・ホップみたいなことをやっていましたから。
私は、まさしくそれがJAZZなんだと思います。私も自分のペースで自分の中に新しいこと、やりたいことを見つけ、成長していきたいです。私の場合JAZZとしては26歳からのスタートなので、昔は「あと10年若ければ」なども思いましたが、これも私の巡り合いのペースだと受け入れていきたい。私にとっては、人生の様々な岐路でいろんな人たちと出会い、助けられてきた。99%はいつも「take」だったと思います。これから、何を「give」できるか?もちろん自分には音楽しかないので・・・
そのためにも、頑張ってきたいですね。

山本恵理・ニューヨーク・ジャズ・トリオ
Tour"reflection"2004

2004年5月30日(日) 15:00開演
会場:しがぎんホール
料金:一般3,000円(学生2,000円)
申込・問合せ:しがぎん経済文化センター TEL.077-526-0005

■山本恵理ホームページ
http://www.ultinet.net/~eri_yamamoto/

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