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1570(永禄13)年、織田信長が浅井長政の裏切りに遭い朽木街道を抜けて京都に逃げ帰った「金ヶ崎の退き口(のきくち)」。
信長は朽木領主・朽木元網の計らいで、元網の館「岩神館(いわがみのたち)」に立ち寄ったとされる。同館の跡地には
現在興聖寺(旧秀隣寺)が建っているが、室町幕府12代将軍・足利義晴が戦乱を避けて同館に滞在した1530年、佐々木一族や京極高秀らが将軍を慰めるために献上したという庭園が、旧秀隣寺庭園(国指定名勝)として残っている。
< 2026年03月23日(月) 取材:髙山博光 >
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