滋賀県の観光ガイドやエリアガイド、グルメガイドなら滋賀ガイド。地域情報満載です!

滋賀ガイド!

滋賀ガイド!トップへ

前のページへ

掲載日: 2008.04.1

素敵な人トップ

「素敵な人」の投稿は → こちら

新旭電子工業株式会社 社長 大島正光さん

国内はもちろん、海外への輸出も手掛けるプリント配線板製造会社である新旭電子工業株式会社。今回の素敵な人は、新旭電子工業株式会社の社長である大島正光さん。新旭町にある本社工場にお邪魔してお話しを伺った。

会社員から起業家へ

大島さんは、もともと東京で金属関係の仕事に従事していた。しかし、50歳にさしかかった頃《このまま定年になってのんびり暮らすのがいいのか?》という疑念が沸き起こる。考え抜いた末に《自分で会社をやってみて先端の起業を興し、成功させるというのが自分の望みである。》という結論に達した。これからの時代はエレクトロニクスであるという信念があった大島さんは、1980年に新旭電子工業を設立。何もかもが1からのスタートとなった。

苦労の日々

地元に精通していない大島さんは、口コミで募った7人程で会社を始める。今ほど車社会が発達していない時代。隣町まで従業員を送り迎えしたり、家庭内でできる仕事は部品を家まで持って行き、そして出来上がった製品を取りに行くという生活が続いた。知らない土地での東奔西走にも大島さんは《挑戦する心が必要。冒険する気持ちがないといけない。》と忙しい日々に音をあげることはなかった。傍ら、配線板には科学や化学、金属、電気等様々な技術が集約されていることから自らも勉学に励み、技術の向上に努めた。しかし、いくら努力しても注文が激減した時期もあったという。大島さん自ら営業をこなし、売れると予想される製品を取引企業に注文してもらう前倒し注文もとった。採算が合わずぎりぎりの状態になった時、節約、合理化、生産性を上げることが大切と悟り、改革を行った。

製品のよさが決め手

いろいろな時代を経験してきた大島さんだが、何より大切なのは自社の製品技術だという。新旭電子工業の製品は性能が高かったため、大手電器会社がプリント配線板の発注を新旭電子工業一本で行ってくれた。それから4~5年後には、大手電器会社の下請け企業を抜く業績を残し、会社は目覚ましく成長していく。会社が発展していくとともに重要になってくるのが、社員の確保。大島さんは社員の必要条件として「どのようなことでもハイと言える素直な性格が一番重要。その次に健康で頑張れる人、その後に頭の良い人。」だと言う。全国を回って優秀な人材を集めるこの会社にはもうすでに来春の入社応募者もあるほどだ。また、高島市にある社会人野球チームOBC高島の選手も社員に採用。「自分が選んだ道を最後まであきらめずに努力して、野球の道を極めてほしい。」と激励するとともに「体が財産。体を壊さずに頑張ってほしい。」と自分の息子に対するように暖かい気持ちで接する大島さんの目は一段と優しげだ。

これからの夢

大島さんのこれからの目標は、外注の内製化と高度な技術に対する設備投資だという。「高島市外に発注している外注を高島市内にもってくれば、それだけ雇用も拡大できる。それが、高島市の発展のために役に立てれば。」と高島市への貢献も念頭に置く。設備投資も実行中だというからさらに高度な製品ができることに期待がかかる。会社の技術を上げることに全力を注ぐ大島さんは、自宅や自動車等、自分の資産には興味を示さない。「自分のお金は残しても仕方がない。会社の価値を上げるのが一番です。それによって従業員の価値が上がれば嬉しいです。」と謙虚だ。しかし、夢には貪欲。「将来に対する夢や希望を持つことが大切。そうすると細胞が活性化されて若返るんですよ。」と人懐っこい笑顔で話す大島さん。優しい笑顔の内に秘めた未来への熱意は熱い。
(取材・澤村、北村、志賀)

 

素敵な人トップへ

本ページの情報は作成時のものであり、変更されていることがあります。あらかじめ御了承ください。

おすすめ情報

クルマでおでかけ!湖国ドライブガイド

おすすめアルバム

今週のプレゼント

おすすめランチ

Copyright © Yamapla Corporation. All Rights Reserved.

滋賀県のプランニングとデザイン、ホームページ制作をサポートする株式会社ヤマプラ