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-ブラジル移民-
  命の叫び

掲載日: 2021.09.27

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檜山 秋彦(ひやま あきひこ)さん(近江八幡市在住)

檜山秋彦さんの元に今年3月、ブラジルで暮らすいとこの日系2世広田亜起さん(78歳)が36年間にわたって書き綴った分厚い手記が送られてきた。ブラジル移民として生まれ育った亜起さんの戦中戦後の暮らしぶりが赤裸々に記されており、檜山さんは一読するや、公文書などには書かれていない歴史的な証言が書かれていると感じ、「ブラジルの大地に生きて」と題し本にまとめた。

明るく生きぬく!

1935(昭和10)年完成した、チエテ川に架かる
ノーボ・オリエンテ橋

亜起さんは1943(昭和18)年、ブラジルサンパウロ州プロミッソン市で生まれミランドポリスで育った。一方檜山さんは、両親がブラジル移民だったが帰国し日本で生まれ育ったので、亜起さんと一度も出会ったことはなかった。
1990(平成2)年、母親を連れてブラジルに行く機会が訪れた。亜起さんが暮らすアリアンサは、サンパウロから600キロほど奥地にあり日本から行くと丸1日以上かかる。広大な土地とどこまでも続く直線道路、檜山さんは高鳴る気持ちを抑え初めて亜起さんと出会った。母親から聞かされていた通り、亜起さんはとても明るく、人の心を理解し世話をすることをいとわない魅力的な人だった。
「私と亜起の祖父である木村貫一郎は東京帝国大学を卒業後ブラジルに移民し、土木技師としてチエテ川上流に架かる橋を設計しました。祖父が移住を決心したから今の私たちがいます。下流に新しいダムが建設され今は水没しましたが、橋があった場所に建つダムの記念館を亜起と一緒に訪れることができたのが良い思い出です」

日本語を独学でマスター

          広田亜起さん

亜起さんの幼少期、ブラジル政府は日本政府との国交を断絶しており、ブラジル国内では家庭外での日本語の使用が禁止され、満足に日本語を学ぶ機会がなかった。それでも亜起さんは1985(昭和60)年ころから手記を書き始めるようになった。1992(平成4)年、49歳の時出稼ぎで日本に滞在するようになると、寸暇を惜しんで日本語を必死に勉強した。2003(平成15)年ブラジルへ帰国するまでの間、近江八幡の檜山さんの家をたびたび訪れた。亜起さんが慕う檜山さんの母親が同居していたからだ。そして今年3月、原稿用紙に書き溜められた手記が檜山さんの元に送られてきた。ブラジル移民史の大事な部分がしっかり文章になっており、言い回しや表現に若干の手直しを加えたものの、ほぼ原文のまま本にまとめることにした。

 

再会を誓って

アリアンサの亜起さんの敷地に咲く「イッペー」

2003年ブラジル訪問時の檜山さんと亜起さん

「学校まで往復4時間かかる距離を毎日歩いて通ったことや、実家の養鶏場を引き継ぎ1万羽の鶏を飼いながら4人の子どもを育てたこと。何度も大病を患いながらも、夫の借金返済のため11年間出稼ぎに日本に来たことなど、亜起の壮絶な人生が描かれていました。本当に芯が強く賢い女性だと思います」
桜が満開の時期に檜山さん宅を訪れた亜起さんが、「ブラジルにはイッペー(桜に似た大きい花びらの花)がきれいに咲くよ」と、祖国を懐しんでいたことを思い出しますと檜山さんは振り返る。「カラオケが大好きな亜起は、歌うことが心の支えになっているのかもしれません。いつまでも元気で過ごしてほしい。そしてもう一度必ずブラジルに行って再会したいです」

 

☆本の内容はこちらからご覧いただけます。
広田亜起文集

 

●お問い合わせ
街並・水郷美術館
滋賀県近江八幡市北之庄町742
TEL: 090-9612-4649(檜山秋彦)
入館無料 土・日・祝および不定期開館

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