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[58] 日本テレビ「世界一受けたい授業」への写真提供
2014/03/29
NPO法人「時計BUNKA」副理事長として取り組んでいる「時計保存活動」のPRの一環として、2014年3月29日(土)に放映された日本テレビ『世界一受けたい授業』3時間スペシャルへ、「江戸時代からあった意外なもの」として紹介された、円グラフ懐中和時計の写真を無償提供しました。

(参考) 「時計保存活動」
 時計を通じた社会貢献を目指すNPO法人、「時計BUNKA」副理事長として取り組んでいる「時計保存活動」とは、生涯を賭けて集めた時計コレクション一式を公立博物館などへ無償で一括寄贈し、「文化財」として次世代へ伝える活動です。 2020年目途に完遂を目指しており、現在は、以前から展示協力をしている兵庫県の明石市立天文科学館など、安心して託せる寄贈先を探している状況にあります。
 時計コレクションは、国産腕時計を中心に日本の時計の歴史が分かるように体系的に収集した、江戸時代の和時計からクォーツ腕時計までの1000点以上で、重要文化財クラスの時計も数点含み、購入総額は1億円以上になります。 寄贈後の基金として、死亡保険金約5000万円も併せて寄付します。
 愚か者と言われてもバカにしか出来ないことがあると信じており、文化財である時計を守り次世代へ残すことは誰かがやらなければならないことで、これが自分の使命で与えられた役割だと思っています。 苦労も多いですが「時計バカ」として自分の好きなことをやり通せて、生きた証を末永く後世に残せ、社会の役に立つなら一石三鳥で本望です。
 未来の世代へささやかな贈り物が残せるよう、坂本龍馬のように百年先を見据え、残る人生を賭して夢に向かって邁進し、損得勘定なしで初志貫徹します。 まだまだ課題も多く前途多難ですが、皆様の応援を宜しくお願い致します。



[57] 和時計学会誌への論文掲載
2014/03/01
和時計学会誌「和時計46号」に、「変則的二挺天符機構の紹介(1)」論文掲載(本文1頁+添付20頁)。

1−1(始めに)
 昼夜や季節によって単位時間の長さが変わる不定時法に対応した和時計の特徴的な機構の一つとして、昼夜で棒天符を自動的に切り替える二挺天符機構が知られていますが、一般的な二挺天符機構(以下では「一般形二挺天符機構」と呼ぶ)とは構造の異なる物が少数ながら見受けられます。 これらには、初期の二挺天符機構で棒天符の切替機構が異なりガンギ車が一つしかない「藤車(ふじぐるま)式二挺天符機構」(別途報告予定)や、江戸時代中期〜後期の変則的二挺天符機構が確認できますが、ここでは二種類の変則的二挺天符機構を2回程度に分けて紹介したいと思います。

1−2(概要)
 一つ目の変則的二挺天符機構は、2009年の国立科学博物館研究報告(添付−1、本誌18〜37頁参照)で発表された、江戸時代後期の文化文政期(1804〜1830年)頃に福井県若狭地方で活動したと考えられる兼松正富らが作った二挺天符櫓時計です。 この櫓時計は、一般形二挺天符機構では鐘柱の前後にある二挺天符が両方とも鐘柱より前方にあり、同様に一般形では上部前方にある目覚機構が上部後方に配された特徴的な構造を持っています。 同研究報告では執筆当時に存在が確認された国内外の6台の櫓時計について論じていますが、無銘ながら同様の特徴的な構造と意匠等の類似性から同一工房で作られたと考えられる、新たな櫓時計が4台追加確認できました。 同一工房作と考えられる櫓時計が合計10台確認できる非常に稀な例と思われ、その内の一台は時代が古く構造が少し異なる初期の物と考えられ、改良の推移が推測できます。
 二つ目の変則的二挺天符機構は、大名時計博物館に展示されている木製の二挺天符櫓時計です。 この木製櫓時計は、江戸時代中期の元文二年(1737年)に新潟県越後地方の荒井与市が作ったと伝えられており、主要な部分は木製で作られ、昼夜の棒天符の金属製の軸部分は共通で木製の竿部分のみを持ち上げて切り替えられる特殊な構造になっていると推測されます。 著者は同様な構造を持つ和時計を他に知らず、材質や機構の異なるユニークな和時計と思われます。
 両者とも、二挺天符機構に最も多く見られる棒天符軸交互押上式切替機構と二重ガンギ車を採用した一般形二挺天符機構と一部類似しており、考案時期も一般形二挺天符機構より新しいと考えられることから同機構から派生したものと推測でき、構造の弱点の補完や材料の制約を克服するために改良された考案と思われます。(次回へ続く)



[56] 近江神宮での和時計展示
2013/06/10
「江戸時代の懐中時計 −円グラフ懐中和時計−」展

今年も6/10「時の記念日」に、近江神宮での「漏刻祭」後の和時計学会総会において、和時計を展示しました。 今回は、数少ない機械・ケース共に国産と考えられる、希少でユニークな直径約7cm厚さ約4cmの幕末頃の円グラフ懐中和時計です。

円グラフ式文字盤は、季節によって変わる不定時法の時刻の変化を波板式尺時計のようにグラフの形で表現し、時間が途切れることなく連続して循環するように円環状にした特徴的な文字盤で、掛時計や硯屏時計など国内外に5台しか現存が確認されていません。 この円グラフ懐中和時計は、時刻を表示する個々の割駒の位置を手動で調節しなければならない割駒式文字盤以外の文字盤を用いていることが確認されている唯一の携帯用和時計で、割駒式文字盤に比べて円の内側ではグラフが少し込み入って多少視認性は劣るものの、節気毎(半月毎)に多くの割駒位置を変更する手間が不要で、季節に応じて指針の長さを調整するだけで良く、位置変更に伴う割駒位置のズレもなく、より正確な時刻を表示できる特徴があります。

円グラフ懐中和時計は、携帯用和時計の利便性や精度の向上を目指した取り組みを示す新たな発見として、意義深く貴重な和時計と言えます。



[55] 和時計学会誌への論文掲載
2013/03/01
和時計学会誌「和時計45号」に、「文献で確認できた京都の時計師」論文掲載(本文15頁)。 長期入院で「不定時法自動表示和時計の概要(その4)」が完成できなかったため、二挺天符機構の調査の一環で数年来調べてきた江戸期などの文献に現れる京都の時計師を参考に纏めました。 内容は、延宝六年(1678年)から明治35年(1902年)までの文献18件で確認できた京都の時計師を一覧にしたもので、疑問点など特記事項を注釈しています。


[54] 明石市立天文科学館への展示協力
2012/07/14
プラネタリウム長寿日本一を記念して明石市立天文科学館で開かれている、特別展「たのしいはぐるま展」への展示協力として、国産初期の掛時計「播陽(ばんよう)時計」を貸し出しました。

「播陽時計」は、明治21(1888)年から姫路で作られた、国産掛時計黎明期の珍しい掛時計です。 播陽時計を作った「播陽時計会社」の前身は、旧姫路藩士による授産事業として明治8(1875)年に設立された「原月社」を起源とし、「開成社」と呼ばれていた明治16(1883)年には八角時計を製造できる状態に至っていたと考えられています。 「開成社」は明治20(1889)年に実業家へ売却されて社名の変遷の後、「播陽時計会社」として明治21(1888)年から明治23(1890)年の間に同掛時計を量産しました。 「原月社」の設立は、明治13(1880)年に国産初の掛時計を作ったと言われている東京の「金元社」の設立と同年で、同社は最古級の起源を持つ国産掛時計製造会社です。

特別展 「たのしいはぐるま展」
期間:平成24年7月14日(土)〜同9月2日(日)
場所:明石市立天文科学館(兵庫県明石市 http://www.am12.jp/ )



[53] 日本ばね工業会「ばねの歴史」口絵に無尽灯調査結果の一部掲載
2012/05/01
江戸時代後期頃の植物油を用いた改良型灯火器である無尽灯の調査において、近江国・膳所藩の金工・奥村菅次寿景により文化六(1809)年頃から作られたとされている無尽灯に使われたばねが、国産初のコイルばねである可能性が判明し、2012年5月に日本ばね工業会から発行された「ばねの歴史」の口絵に掲載されました。 ただし、現時点で公表されている資料に基づき判断した場合の結果であり、現在継続中の研究により結論が変わり得る可能性があります。


[52] 近江神宮での和時計展示
2012/06/10
「江戸時代の懐中時計 −不定時法と定時法−」展

今年も6/10「時の記念日」に、近江神宮での「漏刻祭」後の和時計学会総会において、和時計類を展示しました。 今回の展示品は、江戸時代後期に不定時法と定時法という異なる使い方がされた2種類の懐中時計と、明治五年の改暦前に発行された3種類の洋時計の読み方解説書、幕末頃の定時法懐中洋時計が描かれた引札です。

現在我々が用いている定時法に改められた明治五(1872)年の改暦まで、日本の一般社会では不定時法が用いられていたことは周知の事実ですが、少なくとも江戸時代中期頃には上流階級の一部などで定時法の洋時計も用いられていました。 また、江戸時代後期の文化文政年間(1804〜1829)には、不定時法の和時計が庄屋などにも普及すると共に、並行して相反する定時法の洋時計の使用も拡大していき、明治五年の改暦へ繋がっていったと考えられます。

そこで今回は、江戸時代後期に異なる使い方がされた、2種類の懐中時計を展示します。 日本で改造され不定時法で用いられた「@ 薄型金無垢和前懐中時計」と、定時法のまま用いられた大きな「A 中三針懐中形時計」で、共に中国向けに作られたと考えられる外国製の懐中時計が江戸時代に日本へ持ち込まれた、古渡りの懐中時計で見掛けることが少ない珍しいものです。

江戸時代後期の国産印籠時計などの携帯用時計は非常に高価なものでしたが、高性能だった舶来懐中時計は更に高価なため、一部の上流階級しか持てなかったと考えられます。 今なら「セレブ御用達」とでも言えそうなステータスシンボルで、当時の上流階級が愛用したと思われる憧れの時計を御覧ください。 また、両者を見比べることにより定時法の利便性を実感していただき、改暦の意義を知っていただければ幸いです。



[51] 明石市立天文科学館への展示協力
2012/06/09
ミニ企画展 「おもしろ腕時計@ −非対称の美−」
期間:平成24年6月9日(土)〜同12月上旬(予定)
場所:明石市立天文科学館(兵庫県明石市 http://www.am12.jp/ )

ゆがんだ形のケースなどが個性的な腕時計。機能性一点張りから個性も求める時代へ成熟していった、1960年代(昭和40年前後)を中心とした国産の変形腕時計を12個ならべました。奇抜なデザインで個性を表現する腕時計の、非対称な形の美しさやおもしろさを御覧ください。

特に6月9日(土)10日(日)は、「時の記念日」を記念して同館が無料開放されます。半期毎に更新している12点の小さな展示ですが、何かの機会に御覧いただければ幸いです。



[50] 和時計学会誌への論文掲載
2012/03/01
和時計学会誌「和時計44号」に、「不定時法自動表示和時計の概要(その3)」(旧題:自動割駒和時計について)論文掲載(本文19頁,添付15頁)。 内容は、不定時法自動表示機構のうち「カム方式自動割駒式文字盤機構」の総括で、円グラフ文字盤自動伸縮指針機構との関連、単独駆動腕方式着想の推論、カム方式自動割駒機構の精度などに関する新たな考察を含む。


[49] 明石市立天文科学館への展示協力
2012/01/05
ミニ企画展 「描かれた和時計 −江戸時代の時計の姿−」
期間:平成24年1月5日(木)〜同5月
場所:明石市立天文科学館(兵庫県明石市 http://www.am12.jp/ )

引札や錦絵などに描かれた和時計を12点ならべました。曖昧に描かれたものもありますが当時の様子を示す数少ない資料で、特に和時計が描かれた貝覆の合わせ貝や和時計が写った古写真は非常に珍しいものです。当時の姿を今に伝える貴重な資料を御覧ください。
(昨年6/10の近江神宮での展示に古写真2枚と春本1冊を追加)

生放送の途中で電話が切れるハプニングもありましたが、昨年12/30(金)に兵庫県姫路市のFMラジオ局、姫路シティFM21(FM−GENKI,79.3MHz)の「播磨まるごと探検隊」、「テレフォン探検隊」コーナーで竹辺美姫さんに御紹介いただきました。

2/13(月)に兵庫県三田市のFMラジオ局、エフエムさんだ(HoneyFM,82.2MHz)の「HONEY MORNING TRAIN」、「どこ行こ?そこ行こ!おでかけ情報」コーナーで戸川崇さんに御紹介いただきました。





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