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[78] 近江神宮での小型両面からくり枕時計の展示
2019/06/10
 今回は、江戸時代末期(1800年代中期)頃に作られた、小型の両面からくり枕時計を展示しました。
 この和時計は、表裏両面に和時刻と洋時刻を表示する機能があり、金メッキされた真鍮製ケースの枕時計という、非常に珍しい2つの特徴があります。

(両面和時計)
 両面に文字盤を持つ和時計は、1815年の両面垂揺球儀(写真−6)、太平洋戦争で焼失したと思われる1820年代頃の大沼宗賢作円グラフ文字盤自動伸縮指針大型両面枕時計(写真−7)、米国へ輸出され所在が不明な1840年代頃の三宅正吉作自動割駒両面枕時計(写真−8)と、今回の枕時計(写真−1)の4台しか確認できず非常に珍しい。
 これらの両面和時計は、ストップウォッチやカレンダーが裏面に付いた西洋の多機能懐中時計などのアイデアを、模倣したものと思われます。 両面時計は両方同時に見ることができないため、表裏両面の機能を一方に集約した方が便利なはずですが、限られたスペースで単純な構造により2つの機能を得るため、歯車の車軸の両側を使って両面時計にしたと考えられます。
 写真−6や写真−7は表裏で機能が大きく異なり、どちらかというと実用的な要素が大きいようです。 一方、写真−8や写真−1は和時刻と洋時刻を示す比較的単純な機能で、非公式ながら正確な洋時刻の利便性が認識されて市井の富裕層にも洋時計の使用が広まったことを背景に、金持ちの道楽のような遊びの要素が大きいと思われます。

(特徴)
 まずこの4台は、両面時計であることを除いても、どれも特殊な機能か意匠を持った最新で珍しい機種です。
 写真−1の枕時計は、季節に応じた和時刻(不定時法)の割駒位置を手動で調整する、一般的な割駒文字盤が表面にあり、スイスなどから中国へ輸出された広東時計の部品が流用されたと思われる、二針(時針と分針)の洋時刻(定時法)のエナメル洋文字盤が裏面にあります。 裏面の洋文字盤側には時針と分針を動かす日の裏車が必要なため、打鐘数を決める雪輪が卓上時計のように表側にあり、鐘を打つ打方機構が右側にあるなど、一般的な後期の枕時計と機械構成が少し異なります。
 また、和時計の枕時計に使われたケースのほとんどは、家の中で使われたブラケットクロックのように木製で作られ、写真−9のような落ち着いた紫檀材が多く使われていますが、旅行用のキャリッジクロックのような金属製ケースの枕時計は他に確認できず、この点でも写真−1の枕時計は非常に珍しい。 恐らく派手好みの豪商などが道楽で絢爛豪華な金メッキ真鍮製ケースを作らせたと思われ、大切に使われていたようで金メッキが残り、掌に収まる大きさから愛玩用と想像されます。
 この写真−1の枕時計の意義は、希少な両面時計に工夫され新たな機能が追加されていること以外にも、富裕層に洋時計の使用が広まっていたことを具体的に示すと共に、枕時計の意匠にキャリッジクロックが影響した可能性を見いだせることだと思われます。
 なお、この写真−1の枕時計と写真−6は、名古屋の老舗時計店主で時計コレクターとしても有名だった堀田良平氏が旧蔵していたもので、この枕時計は有名な和時計文献である1960年の塚田泰三郎著「和時計」の巻頭に白黒写真が掲載されています。

小型金鍍金真鍮側両面枕時計
江戸時代末期(1800年代中期)頃,金メッキ真鍮製ケース,金メッキ真鍮製丸形機械,髭ゼンマイ付き円テンプ,冠形脱進機,表面に回転文字盤式割駒文字盤,裏面に二針エナメル洋文字盤,全高約13cm



[77] 人を探しています!!
2019/05/23
 2,3年前に、1994年に発行された「世界の腕時計17号」の記事「オイスターパーペチュアルの最初期モデルはどんなものか?」について、電子メールで問い合わせていただいた方を探しています。

 大変申し訳ございませんが、母の長期入院に追われて返信できず、故障によるパソコン交換で電子メールが無くなってしまいました。

 御連絡を御待ちしております。



[76] 日本古時計クラブ会報200号(最終号)への論文投稿
2019/05/23
最初期型オイスターパーペチュアル・フラットローターモデルの考察(A4サイズ18ページ)

(1 前書き)
 1994年に発行された「世界の腕時計17号」の記事「オイスターパーペチュアルの最初期モデルはどんなものか?」に於いて、ロレックス初の自動巻腕時計で実用的な最初期型オイスターパーペチュアルの特徴を発表したが、記者のミスによる写真間違いなどで真意が伝わり難い状態であった。また、その後の研究も2002年の交通事故により写真などの資料の多くが紛失したため中断していたが、インターネットの普及で新たな情報が得られ、より詳しい特徴が明らかになったので発表したい。

(2 結論)
・確認できた最初期のロレックスオイスターパーペチュアルは、手巻ゼンマイの小秒針8-3/4型キャリバーを用いたフラットローター機械、ケース番号011000番台(最小確認番号011442番)のリファレンス番号1858番STEELIUM製パリス環式3ピースケースで、1933年中頃から製造が開始されたと考えられる。

(2 結論)
・確認できた最初期のロレックスオイスターパーペチュアルは、手巻ゼンマイの小秒針8-3/4型キャリバーを用いたフラットローター機械、ケース番号011000番台(最小確認番号011442番)のリファレンス番号1858番STEELIUM製パリス環式3ピースケースで、1933年中頃から製造が開始されたと考えられる。

・8-3/4型フラットローター機械の特徴は、表−1のように推移すると考えられる。

・後継機のNAキャリバーは1936年頃に登場し、当初の8-3/4型フラットローター機械はNAキャリバーに切替後も暫く生産され、後期の8-3/4型フラットローター機械を利用し2ピースケースに収めたボーイズサイズの新ARキャリバーは1937年頃に登場したと考えられる。
・8-3/4型フラットローター機械の特徴は、表−1のように推移すると考えられる。



[75] NHK総合テレビ『まちけん参上!〜あなたの街のおもしろ検定〜』出演
2019/04/15
平成31年4月15日(月)にNHK総合テレビで放映された『まちけん参上!〜あなたの街のおもしろ検定〜』に出演しました。


[74] 日本古時計クラブ会報199号への投稿
2019/04/20
深遠なる和時計(「季刊iichiko」133号67〜79頁)

 長らく御無沙汰しております。 ここ2年ほどは母の長期入院と永眠、度重なる台風被害、和時計学会誌上での論争と学会誌の休止などのトラブルが相次ぎ、体調不良で長らく日本古時計クラブへも参加しておりませんでした。 後継者不足で日本古時計クラブも会誌「古時計」200号を最終号として解散することが決議されたため、2017年1月発行で多少旧聞ですが和時計の参考になればと思い、麦焼酎「いいちこ」で有名な三和酒類株式会社から発行されている文化誌「季刊iichiko」133号に掲載されたインタビュー記事の転載を投稿しました。

 インタビュアーの菊野昌宏氏は、独立時計師協会に入会を認められた2人の日本人のうち日本初の正会員で、自ら設計した独自の腕時計の歯車など多くの部品を自分一人で製作し、1000万円台の腕時計を年に1台ほど受注生産されている若き独立時計師です。 独立時計師協会(AHCI)は、個人で独創的な時計を創る時計師たちにより1984年にスイス・ジュネーブで設立された国際的な団体で、数十人の独立時計師が在籍し、18世紀頃の天才時計師アブラアム・ルイ・ブレゲの時計の研究でも有名な故ジョージ・ダニエルズや、腕時計メーカーとしても有名なフランク・ミュラーのような時計師も参加していました。

 なお、同誌72頁の扇板式自動割駒櫓時計の真贋論議については、例年どおりの投稿募集がなされていないようなので当然かもしれませんが、和時計学会誌への投稿希望者が私以外にいないらしく、掲載中のテーマが複数あるため誌面のボリュームが足りても私一人のみの投稿では発行できないとの理由で、2年前から学会誌が休止になっているため、指摘事項も一部しか掲載されていないような状況です。 しかし、どちらが正しいにせよ今後のためにも論議を深めるべきと思っており、最終的には自費出版してでも残りの指摘事項を発表する所存です。

 最後に、記事の転載を御快諾くださった季刊iichiko編集室の柳田京子様に感謝を申し上げます。



[73] 和時計研究などの取り組みの新聞紹介
2017/10/24
日経新聞H29.10.24(火)朝刊面に、和時計研究や時計保存活動の取り組みが紹介されました。


[72] 関西テレビ『ごきげんライフスタイル よ〜いドン!』出演
2017/08/08
 2017年8月8日火曜日に放映された、関西テレビ『ごきげんライフスタイル よ〜いドン!』において、「となりの人間国宝さん」に認定されました。


[71] 近江神宮での和時計展示の新聞紹介
2017/06/11
産経新聞H29.6.11(日)朝刊24面滋賀版に、近江神宮での天文からくり和時計の展示が紹介されました。


[70] 近江神宮での和時計展示の新聞紹介
2017/06/10
朝日新聞H29.6.10(土)夕刊3面近畿版の「時紀行12」に、近江神宮での天文からくり和時計の展示が紹介されました。


[69] 近江神宮での和時計展示
2017/06/10
「天文からくり和時計の展示」

 今回は、江戸時代前半(1600年代後期〜1700年代)頃に作られた、2台の天文からくり和時計を展示します。
 この和時計は、プラネタリウムのように太陽と月の運行を示すからくりを持った和時計で、指針が太陽の位置を示し、文字盤内側の回転指針盤の小さい丸窓(次頁の写真では左上付近)が月の位置を示すと共に、丸窓内に月の満ち欠け(月相)を表示します。 元和9年(1623年)頃に開発されたと考えられる和時計の中でも初期に作られ、最初期の形態が残っていると言われ、現存数は比較的少なく珍しい物です。
 日本人による機械時計製作は、慶長5年(1600年)頃から九州のセミナリオ付属の実業学校において、キリスト教宣教師より洋時計製造法を教わったことから始まったと考えられています。 和時計の基となったと考えられる宣教師や日本人が作った洋時計の中には、太陽と月の運行を示す天文からくり洋時計が含まれており、慶長11年(1606年)に徳川家康が伏見城の櫓に飾った天文からくり洋時計のように、数人の大名などへ献上されていたことが記録に残っています。
 家康が見た天体の動きを司るような洋時計の姿を留めていると考えられ、小宇宙のようでロマンチックな天文からくり和時計を是非ご覧ください。

(左)江戸時代前期(1600年代後期)頃,鉄側,鉄機械,一挺天符式,冠形脱進機,鉄製棒天符,鉄製クランク状鐘柱,太陽型指針,目覚付(欠損),月相表示機構付,機械高約34.5cm.
(中)江戸時代中期(1700年代)頃,真鍮側,鉄機械,一挺天符式,冠形脱進機,鉄製棒天符,鉄製クランク状鐘柱,真鍮製四本柱,機械後方の打方輪列の歯車が掛時計のように1枚少ない特殊な構成,十二支暦付,月相表示機構付,機械高約25cm.

(月相表示機構の概略構造)
 構造は比較的簡単で、まず、歯数が少し異なる2枚の大きな歯車を前後に重ねた文字盤内側の回転指針盤を、毎日同じ歯数だけ回すことにより、両者が少しずつずれていく差動歯車として働かせます。 そして、月の影が2つ彫られた小さな遊星歯車を両者の間に挟み、裏側の中心の歯車とかみ合わせ自転しながら差動歯車の上を公転させることにより、回転指針盤の月の位置を示す丸窓に月の満ち欠けを表示します。
(構造の詳細説明)
 文字盤内側の回転指針盤は、表と裏の2枚の大きな歯車を重ねてできていて、裏の固定側歯車(57歯)は、時刻を指し太陽の位置を示す指針が付き、時計の運針機構に繋がり1日に1回転します。 表の可動側歯車(59歯)は、月の位置を示す丸窓が付いています。 表面に月の影が2つ彫られた小さな遊星歯車(30歯)は、回転指針盤の表裏2枚の大きな歯車に挟まれ、片方のみにある車軸は表の可動側歯車の軸穴にはまり、指針が付き固定側歯車の中央に固定された太陽カナ歯車(15歯)と噛み合います。
 可動側歯車は、文字盤下部で自由に回る伝え歯車を介して、固定側歯車から動力が伝えられるため同じ歯数しか進めず、固定側歯車が1回転すると2歯分だけ遅れて1日毎に2/59回転だけずれ、1朔望月に近い29.5日で1回転します。 可動側歯車が29.5日で1回転すると、表面に月の影が2つ彫られた小さな遊星歯車は15歯/30歯だけ減速されて半回転し、丸窓に示す月の満ち欠けを1周期分変化させます。(右写真参照)





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